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	<title>エネトピアプラザ (エネトピアグループショールーム) &#187; 平成27年度</title>
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	<description>エネトピアプラザ (エネトピアグループショールーム)</description>
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		<title>第25回「自然によりそって」 森田しのぶ 氏</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Nov 2015 11:30:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ジーコミュニケーションネットワーク]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[平成27年度]]></category>

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		<description><![CDATA[自然により沿ったモノ作り、絵画は美的ではなく奥に潜むモノを描く。 ［デザイナー・洋画家］森田 しのぶ 氏 　平成27年11月20日午後6時30分からサルーテで、第25回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました&#8230;]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="color: #800000;" "text-decoration: underline;">
<font size=4><b>自然により沿ったモノ作り、絵画は美的ではなく奥に潜むモノを描く。</b></font></p>
<p style="color: #800000;text-align:right;padding-right:30px;" "text-decoration: underline;"><font size=2>［デザイナー・洋画家］</font><font size=4><b>森田 しのぶ 氏</b></font></p>
<div style="text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_01.jpg" alt="bunka_25th_01" width="670" height="170" /></div>
<p><font size=2>　平成27年11月20日午後6時30分からサルーテで、第25回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講師紹介を経て、デザイナー・洋画家・森田しのぶ氏の講演がスタート。小学3年で始めた華道・茶道。大阪・天王寺で見た、赤テントのアングラ芸術等が大きく影響している。自然に沿い、シンプルで、身体に優しいものを追及。幼少時代からの写真と作品を織り交ぜながら投影、多くの聴講者の前で、熱く・にこやかに絵画とファッションの世界についてお話をされました。参加者は85名。</font></p>
<div style="width:330px;float:left;padding:20px 0px 10px 0px;text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_02.jpg" alt="bunka_25th_02" title="bunka_25th_02" width="330" height="279"/></p>
<p>講師の森田 しのぶ 氏</p>
</div>
<div style="margin-top:20px;">
<p style="width:340px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　私は八頭郡八頭町生まれです。<br />
  幼い頃から野山を駆け回る活発な、元気のよい子供でした。<br />
  　元気が良すぎたのを母が心配したのか、小学3年生の頃より華道・茶道の習い事に、母と一緒に通いました。今思えば、この経験が絵画やファッションに大きく影響しているのではないかと、時々思い浮かべることがあります。<br />
  　私は、小学校の頃から絵が好きで、素敵な先生と巡り会い、誉められたことで一生懸命取り組むようになりました。中学校時代には、既に美術の方面に進みたいと思っていました。<br />
  　中学・高校を経て、大学時代には大阪で1人暮らしとなりましたが、都会の生活に中々馴染めませんでした。入学して半年、友達が出来、その後面白い仲間が集まり、音楽、芝居、映画、美術館等、様々な所に足繁く通いました。今になれば私の大きな宝物となっています。因みに、私が下宿していました隣室の人は、ツィストのボーカル・世良公則さんでした。サイン貰っておけば良かった。</font></p>
<p style="width:670px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　昭和50年、大阪・天王寺公園。赤テント「劇団・状況劇場」を見に行きました。熱気がムンムンとし、汗が飛び散る狭い空間で、根津勘八、小林薫が演ずる劇を見て、強烈な印象を脳裡に焼き付けました。それがアングラ芸術に興味を持つ切っ掛けとなりました。<br />
  　特に土方巽の「暗黒舞踏」は強烈にイメージが残っています。私は、大地が蠢く、生命の誕生を感じました。美しいのではなく、奥に潜むキラット光る意識。無駄な物を削ぎ落して全てを曝け出す、そこに本当の美しさがあると感じました。<br />
  　土方巽、大野一雄に触発され、見えない物を意識して表現する、私の作品の発端です。<br />
  　渋澤龍彦、イギリスのフランシスコ・ベーコンの作品にも触発されました。2年程前、東京で、「フランシスコ・ベーコン」の作品展が開催されました。その折、ベーコンも土方巽に影響を受けたと知り、ベーコンも私と同時代に影響を受けたと思う、胸がドキドキしました。<br />
  　大学を卒業して帰郷。23歳で結婚。もっと絵を描くつもりだったのですが、3人の子供にも恵まれ、10年間良妻賢母の時を過ごしました。<br />
  　10年後、「風アフター1945」を結成するので、仲間に入らないかと誘われました。10年間も筆を握っていないので不安でした。特に、展覧会には、100号の作品を3作出品というのは、大きなプレッシャーでしたが、自由美術会初入選。以後、新人賞、佳作賞等を頂けるようになり主人も喜んでくれました。<br />
  　作品を描けるようになって数年が経った時、主人が経営している会社のブティク部門を任されました。子供も大きく育ち、私も働くことになりました。今思うと、県展、市展、自由美術協会など年5回の展覧会があり、目まぐるしく毎日必死で生きていました。<br />
  　ブティック部門の優秀なスタッフにも恵まれ、少しずつお客様のニーズに合う作品作りが要求されてきました。私が企画・デザインしたのが切っ掛けで、その後高島屋の通販、グンゼ産業のデザインを手掛けるようになりました。それが、ファッション業界に入った切っ掛けです。私自身も嫌いではなかったので、自然な形でファッション業界に入れました。</font></p>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="margin-top:20px;"></div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_03.jpg" alt="bunka_25th_03" title="bunka_25th_03" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">土方巽の「暗黒舞踏」に大地が蠢く、生命の誕生を感じ、無駄な物を削ぎ落した、本当の美しさを見た。</p>
</div>
</div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_04-2.jpg" alt="bunka_25th_04" title="bunka_25th_04" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">⾃然に拘ったシンプルなデザインの「SHINOBU」ブランドとサルーテ古⺠家とのコラボ。</p>
</div>
</div>
<p style="width:670px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　仕事にも慣れ充実した日々を過ごしていた03年、経済産業省からNYのファッション・コーテリー（全米最大のファッション展示会）の参加案内があり、「SHINOBU」ブランドで出品しました。<br />
  　何をどうすれば良いのか判らない。私が求める日本の生地を探しに日本全国を歩きました。生地と染色に拘り、「シンプルで直線、身体に優しい」をテーマに商品を制作しました。現在は1つの展示会で100アイテムを制作しますが、当時は20アイテム程度でした。不安が一杯で何も考えられない時もありましたが、出展初日に沢山のバイヤーが来場され、売れたんです。<br />
  　04年には、イギリスのピア展で発表。また、日本でもデビュー。07年には台湾でも展示会を行いました。いいことばかりではなく、売れない時期もありました。我武者羅に作品を作り、売れるのは20アイテムの内、半分くらいの時もありました。<br />
  　現在100アイテム作れるようになつたのは、すべて優秀なスタッフのお陰だと感謝しています。<br />
  いつもいつも不安ばかり、国内で4回（3月・5月＝冬物、9月・11月＝夏物）の展示会を行うのですが、その間に絵を描いてきました。<br />
  　皆さんは絵画とファッションは別物のように思われますが、私の中では、絵画は平面、ファッションはオブジェ的要素があり、ハコモノ的な考え方をしています。<br />
  　私は、洋服のデザインを考える時、一つの画面の中にどうフォルムを決定して行くかから始めています。ファッションと絵画の違いは、ファッションは1人では出来ないところ。様々な人から人へと繋ぎ一つの作品が完成し、そして観賞する人がいます。<br />
  　洋服とは様々な工程があり、どれ一つ抜けても洋服にはなりません。だからこそ一つひとつの作品が温かく優しく身体を包みこんでくれるのです。人として一番大切なことは、優しくなれること。だから洋服には大きなエネルギーがあります。洋服は、切るだけの物ではなく、心の必需品だと思います。<br />
  　最後に今「柿渋」に拘った作品を追及しています。柿渋は600年くらい前からあり、漁師さんの網等にも使われていました。鳥取の西条柿の青柿を使って「柿渋」を作っています。<br />
  先人達が残してくれた知恵を大事にして行かなければならない。もっと自然を大切にしていけたらと思っています。<br />
　自然に沿った拘りのモノ作りを。デザインは自然・シンプルを追及して行きたいと思っています。</font></p>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 10px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_05.jpg" alt="bunka_25th_05" title="bunka_25th_05" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">渋澤龍彦・フランシスコ・ベーコンの作品に触発された。ベーコンも土方巽に影響を受けていたとは、うれしい。</p>
</div>
</div>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 10px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_06_2.jpg" alt="bunka_25th_06" title="bunka_25th_06" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">NYのファッション・コーテリーに参加、不安で何も考えられない時もあったが、出展当日、売れたんです。</p>
</div>
</div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_07.jpg" alt="bunka_25th_07" title="bunka_24th_07" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">土方巽・大野一雄に触発され、見えないモノを意識して表現をするのが私の作品の発端となった。</p>
</div>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="clear:left;" ></div>
</p>
<hr/>
<div style="width:220px;float:left;text-align:left;padding:0px 20px 50px 0px;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_25th_08.jpg" alt="bunka_25th_08" title="bunka_25th_08" width="200" height="133"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">人として一番大切なことは、優しくなれること。洋服には大きなエネルギーがあり、心の必需品なのです。</p>
</div>
<p>■森田 しのぶ 氏のプロフィール</p>
<table width="450px" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0">
<tr>
<td width="80%" valign="top">
<div style="padding:0px 20px 20px 0px;font-size:80%;">
<div>大阪芸術大学卒。1990年、自由美術展に初入選。以後、新人賞、佳作賞、靉光賞など受賞。</div>
<p></p>
<div>1996年から婦人服の販売をはじめ、高島屋、グンゼなどのデザインを手がける。</div>
<p></p>
<div>2000年、自由美術協会会員推挙。以後、県内外で個展、グループ展を開く。</div>
<p></p>
<div>2001年、婦人服で絵画表現をするため染色を研究。翌年ブランド「SHINOBU」を立ち上げ。</div>
<p></p>
<div>2003年、世界最大のファッションショーであるＮＹコ―テリーで「SHINOBU」秋冬を発表。</div>
<p></p>
<div>2004年、ロンドンのエージェントにより、ピア展で連続発表。日本でもデビュー。</div>
<p></p>
<div>2007年、台湾デビューも果たす。翌年、ファッションショーを開催。2009年、日本各地でも本格的に発表。</div>
<p></p>
<div>2010年 「柿渋染め」プロジェクトを立ち上げ。鳥取産西条柿の青柿で渋液を作り、綿染め、紡績、織り、加工製品を展開。</div>
<p></p>
<div>2011年、東京、大阪、札幌、福岡で展示会。以後もギャラリーあんどうなどで発表。</div>
<p></p>
<div>川上奨励賞。</div>
<p>
</div>
</td>
</tr>
</table>
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		</item>
		<item>
		<title>第24回「抽象と想い」 藤原晴彦 氏</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Sep 2015 10:08:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ジーコミュニケーションネットワーク]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[平成27年度]]></category>

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		<description><![CDATA[飾る絵画ではなく、絵画の中に命と想いを抽象的に表現したい。 ［洋画家］藤原 晴彦 氏 　平成27年9月18日午後6時30分からサルーテで、第24回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講&#8230;]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="color: #800000;" "text-decoration: underline;">
<font size=4><b>飾る絵画ではなく、絵画の中に命と想いを抽象的に表現したい。</b></font></p>
<p style="color: #800000;text-align:right;padding-right:30px;" "text-decoration: underline;"><font size=2>［洋画家］</font><font size=4><b>藤原 晴彦 氏</b></font></p>
<div style="text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_24th_01.jpg" alt="bunka_24th_01" width="670" height="170" /></div>
<p><font size=2>　平成27年9月18日午後6時30分からサルーテで、第24回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講師紹介を経て、洋画家・藤原晴彦氏の講演がスタート。造形ばかり美しいものを追及すれば、限りなく造形を求め、自分自身が疲れてしまう。癒して貰え、自分に戻れ、更に追求できるのが抽象作品。幼少時代からの写真と作品を織り交ぜながら投影、多くの聴講者の前で、熱く・にこやかに抽象絵画の世界についてお話をされました。参加者は60名。</font></p>
<div style="width:260px;float:left;padding:20px 0px 10px 0px;text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_24th_02.jpg" alt="bunka_24th_02" title="bunka_24th_02" width="260" height="260"/></p>
<p>講師の藤原 晴彦 氏</p>
</div>
<div style="margin-top:20px;">
<p style="width:410px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　私は、若桜町で生まれ、姉が１人います。中学生時代は、バレーボール部に入って、県体まで出場しました、美術は友人と描いていました。<br />
  　八頭高校に進学し、美術部に入部。町田先生に指導をして頂きましたが、遊び半分で絵を描いていました。2年生の時、美術部の先輩が東京芸大に入学。全体集会で校長先生から報告があり、私も東京芸大に進学したいと考えました。<br />
  　人間国宝になられた陶芸の前田昭博氏とは同級生で一緒にデッサンを描いていました。<br />
  　東京芸大を受験しましたが、不合格。<br />
  お茶の水美術学院へ通いますが、6月頃から気が緩み、気が付けば秋口。油絵の勉強に精を出しましたが失敗し、若桜へ帰郷しました。<br />
  　鳥取市内の印刷会社に就職。４色刷りの輪転機を任せられるまでになりましたが、大学生活への夢が捨てきれず、9月から自室に籠り絵画を描きました。9月から愛知芸大に入学する間、私の人生の中で一番多く作品を描いた時期です。</font></p>
<p style="width:670px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　画家になりたくて芸大に通ったのではなく、4年間絵画を描きかっただけで、卒業後のことは余り考えていませんでした。大学2年生の時、大学院生が持っていた、白い彫刻レリーフ等、徹底した幾何学的抽象作品のベン・ニコルソン（イギリス）の画集を見てこの世界にのめり込みました。<br />
　卒業し鳥取へ帰郷。鳥取西工業高校（現緑風高校）の非常勤講師をしながら、若桜橋の近くの「定有堂書店」の2階に制作を兼ねた絵画教室を開きました。<br />
  　28歳で結婚し、新婚旅行も兼ねて、ヨーロッパ（春）、アメリカの美術館（夏）を巡りました。そこでいろいろな人とふれあい、刺激を受けることができました。帰国後、地元紙に15回連載の紀行文を掲載して頂いた。<br />
  　また、帰国後、1ヵ月に1回ギャラリー巡りをしていました。大阪で「人の真似をするな。今までにないものをつくれ」と提唱する「具体美術協会」の創設に参加した元永定正氏に巡り合い、3年間指導を受けることとなります。本当は、「具体美術協会」を創設した吉原治良氏に直接、指導して頂きかったのですが、その時は既に逝去されていました。<br />
  　描いた絵画を元永先生に見て貰いますが、誉めて頂けない。一緒に教室に通う生徒の絵画の批評を客観的に聞いて勉強をしました。空間・周り・ゆとりとしゃれた感じ、元永先生は遣りつくされた作品は誉めないと判ってきました。私の絵画も3年経つと変わっていきました。人生で初めて絵画を学ぶことができたと思っています。<br />
  　美術評論家に三木多聞氏がおられます。全国から現代絵画の新しい創造を目指す、新鮮な新人を三木先生は1人で発掘したいとの要望に沿ったTAMON賞に応募し、第2回TAMON賞を受賞。<br />
  副賞としてニューヨーク研修（6カ月+実費で6カ月）に家族と一緒に赴きました。<br />
  　ニューヨークでもいろいろな画廊、美術館巡り、また芸術家との交流があったおかげで経験や見聞を深めることができました。帰国前に日本人が経営しているニューヨークの画廊で個展を開催しました。<br />
  　帰国後、受賞したことによって、今以上にいいものを描かないといけないとプレッシャーが重石になったのか10年間満足する作品が描けなくなりました。<br />
  　アメリカの抽象表現主義の代表的な作家マーク・ロスコの作品に出合う。「人間を豊かにする道具ではなく、人間が道具だ」と感じ、カルチャーショックを受けました。作品を通してその時の気持ちを訴えたい、絵画の中に命を表現したいと感じ始めました。<br />
  　少しでも、神秘的なマーク・ロスコに近づける作家になって行きたい。現在61歳。今も毎回悩みながら創作を続けています。絵画というのは、時代やその時の気持ち、心で表現のしかたが変化する。<br />
  　作家としてはまだまだ道半ば。まだ答えは出てこない。これからも研鑽を続けていきます。</font></p>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="margin-top:20px;"></div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_24th_03.jpg" alt="bunka_24th_03" title="bunka_24th_03" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">人生で一番多く作品を描いたのは、会社を退職し愛知芸大に合格する間です。これがその当時の作品。</p>
</div>
</div>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 10px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_24th_04.jpg" alt="bunka_24th_04" title="bunka_24th_04" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">徹底した幾何学的抽象作品のベン・ニコルソン（イギリス）の画集を見てこの世界にのめり込みました。</p>
</div>
</div>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 10px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_24th_05.jpg" alt="bunka_24th_05" title="bunka_24th_05" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">マーク・ロスコの作品を見て「人間を豊かにする道具ではなく、人間が道具だ！」とカルチャーショックを覚えた。</p>
</div>
</div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_24th_06.jpg" alt="bunka_24th_06" title="bunka_24th_06" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">作品を通して気持ちを訴えたい、絵の中に命を表現したいと感じた。</p>
</div>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="clear:left;" ></div>
</p>
<hr/>
<div style="width:220px;float:left;text-align:left;padding:0px 20px 50px 0px;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_24th_07.jpg" alt="bunka_24th_07" title="bunka_24th_07" width="200" height="133"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">少しでも、神秘的な抽象表現作家マーク・ロスコに近づける様に、これからも研鑽を続けて行きます。</p>
</div>
<p>■藤原 晴彦 氏のプロフィール</p>
<table width="450px" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0">
<tr>
<td width="20%" valign="top">
<div style="padding:0px 20px 40px 0px;font-size:80%;">
<div>・1954年</div>
<p></p>
<div style="padding:0px 0px 20px 0px;">・1978年</div>
<p></p>
<div style="padding:0px 0px 20px 0px;">・1983年</div>
<p></p>
<div style="padding:0px 0px 40px 0px;">・1987年</div>
<p></p>
<div style="padding:0px 0px 40px 0px;">・1988年</div>
<p></p>
<div style="padding:0px 0px 40px 0px;">・1990年</div>
<p></p>
<div>・2000年</div>
</div>
</td>
<td width="80%" valign="top">
<div style="padding:0px 20px 40px 0px;font-size:80%;">
<div>八頭郡若桜町生まれ。77年、鳥取画廊で第1回個展。</div>
<p></p>
<div>愛知県立芸術大学（油絵）卒業。82年、欧米に渡り現代美術を視察。</div>
<p></p>
<div>画廊鳥取美術での『三人展』をはじめ、県内外で個展やグループ展を開く。</div>
<p></p>
<div>吉原治良賞美術コンクール店、87年現代美術の祭典に出展。第3回個展、『具体美術』知られる本永定正氏に91年まで師事。</div>
<p></p>
<div>『8人の表現』、現代日本絵画展、『グループでないグループ展』、『国際インパクトアートフェスティバル』に出品。</div>
<p></p>
<div>Be-Art90で準大賞。グループ『AGK展』に出品。91年、第2回TAMON賞全国公募展で大賞受賞、ニューヨークで研修受ける。97年『現代作家の眼展』に出品。</div>
<p></p>
<div>ギャラリーあんどうで第8回個展。04年、第9回個展、川上奨励賞受賞。以後、軽井沢などで個展。</div>
</div>
</td>
</tr>
</table>
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		<item>
		<title>第23回「演劇 –映像と見せ物の時代の中で–」中島諒人 氏</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Jul 2015 02:07:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ジーコミュニケーションネットワーク]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[平成27年度]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.salute-withgas.jp/index.php?p=3686</guid>
		<description><![CDATA[演劇は“対話”だ　コミュニケーションで創り出す“ブリコラージュ”だ。 ［演出家］中島 諒人 氏 　平成27年7月24日午後6時30分からサルーテで、第23回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋&#8230;]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="color: #800000;" "text-decoration: underline;">
<font size=4><b>演劇は“対話”だ　コミュニケーションで創り出す“ブリコラージュ”だ。</b></font></p>
<p style="color: #800000;text-align:right;padding-right:30px;" "text-decoration: underline;"><font size=2>［演出家］</font><font size=4><b>中島 諒人 氏</b></font></p>
<div style="text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_23rd_01.jpg" alt="bunka_21th_01" width="670" height="170" /></div>
<p><font size=2>　平成27年7月24日午後6時30分からサルーテで、第23回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講師紹介を経て、演出家・中島諒人（なかしままこと）氏の講演がスタート。出足は、人と時間軸・水平軸の話から、講演とゲームと朗読を織り交ぜながら、多くの聴講者の前で、熱く・にこやかに演劇の可能性・必要性についてお話をされました。参加者は60名。</font></p>
<div style="width:260px;float:left;padding:20px 0px 0px 0px;text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_23rd_02.jpg" alt="bunka_21th_02" title="bunka_21th_02" width="260" height="260"/></p>
<p>講師の中島 諒人 氏</p>
</div>
<div style="margin-top:20px;">
<p style="width:410px;float:right;padding:0px 10px 0px 10px;"><font size=2>　劇場とは何なのか？<br />
  　人間は、時間軸の中で過去や未来と繋がっている。水平軸では、グローカル、地域とそして同時に世界と繋がっている。<br />
  　人間として、より成長をして行くには、過去を見なければならない。また、過去を振り返りつつ未来を考え、自分の足元を見つつ、世界の事を考えなければならない。いろんなものと繋がって生きて行きたいと願っている。<br />
  　図書館は過去の営みの蓄積があり、専門家が居られますが、会館・ホールには専門技術スタッフは居られますが、残念ながら舞台芸術家はいません。<br />
  　我々は演劇の歴史と繋がりながら、ソフトの部分での専門家として作品を提供して行く。演劇の可能性を熟知しながら、難題山積の社会の中でいろいろな形で貢献出来る。必ず演劇は役に立つと思っています。<br />
  　演劇とは、人と人との遣り取りで、全員がその時間を一緒になって創り、同じ空間を共有する楽しさがあります。</font></p>
<p style="width:670px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2><br />
　エンジニアリングという言葉があります。エンジニアリングは、誰かが作った設計図に沿って物を作って行きます。対比する言葉として「ブリコラージュ」という言葉があります。ブリコラージュとは、その場で手に入るものを寄せ集め、試行錯誤しながら最終的に新しい物を作る（器用仕事）。演劇の仕事はブリコラージュが多分にあります。勿論、脚本があり、演出家が創る訳ですが、脚本通り、演出家の言うがままに創るのかというと、決してそうではありません。互いのコミュニケーションの中で創られて発展して行くプロセスが正に、ブリコラージュです。<br />
  　共同作業としての演劇で、互いがコミュニケーションをする。身体全体で表現する。身体全体で人に伝える。だから、コミュニケーションが不足している現代社会では、演劇というものが、必要とされている。<br />
  　「班女」（はんじょ）は三島由紀夫が昭和31年、能の原作を元に描き下ろした戯曲著書「近代能楽集」の中に掲載されている戯曲の一つです。2006年9月から「鳥の劇場」を始めましたが、同年12月に上演した作品で、“演劇は対話だ”と言う事で選択しました。<br />
  （中略）<br />
  　今、全国の大学で理工系の学部を大事にして、人文系の学部を縮小して行こうという流れがあります。<br />
  　人間の心の中を描き、解きほぐす、人間の多様性を教えるのが人文科学であり、芸術は人文科学の先に存在するものだと考えています。<br />
  　人間が豊かに生きることを考える。人とのコミュニケーション。楽しさを教えてくれ、より良い社会を創っていくには、人文科学が重要であることを再認識して頂きたい。<br />
  　最後に少しPRを、私達は演劇をやっていて、人間に出来ることは限られているけど、人間も舞台も限られたものを通じて想像を膨らませる事が出来る。私達が演劇に関わっているのは、そういう人間の振幅、幅、深さを感じて貰える場にしたいというのが活動の趣旨であり、鳥の劇場の狙いです。<br />
■「班女」はんじょ<br />
  画家志望の40歳の女、本田実子は不安であった。家に住まわせている美女・花子のことが新聞記事になってしまったからだ。狂女・花子が扇を手に、来る日も来る日も駅で吉雄を待っている。その記事がいずれ吉雄の目にとまり、二人が再会してしまうのではないかと実子は恐れた。世間から花子を遠ざけるため、実子は花子を旅行に誘うが、花子は聞く耳をもたない。新聞記事をみた吉雄が扇をもって実子の家を訪れた。実子は必死に吉雄を家に入れまいと妨害する。吉雄を見た狂女・花子はあなたは吉雄さんのお顔ではないと言う。吉雄は失意のうちに去って行く。そして再び、花子の待つ人生、実子の何も待たない人生が続く。</font></p>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="margin-top:20px;"></div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_23rd_03.jpg" alt="bunka_21th_02" title="bunka_21th_02" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">今日皆さんに読んで頂くのは三島由紀夫の戯曲「班女」です。演劇は“対話”だということで選択をしました。</p>
</div>
</div>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 10px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_23rd_04.jpg" alt="bunka_21th_10" title="bunka_21th_10" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">2009年9月から鳥の劇場を始めましたが、「班女」は同年12月に鳥の劇場で上演した作品でもあります。</p>
</div>
</div>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 10px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_23rd_05.jpg" alt="bunka_21th_04" title="bunka_21th_04" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">共同作業の演劇は互いのコミュニケーションが昇華して作品なります。現代はコミュニケーション不足です。</p>
</div>
</div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_23rd_06.jpg" alt="bunka_21th_04" title="bunka_21th_04" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">私が演劇に関わっているのは、人間の幅・深さを感じて貰える場にしたいとの思いが私を駆り立てるからです。</p>
</div>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="clear:left;" ></div>
</p>
<hr/>
<div style="width:220px;float:left;text-align:left;padding:0px 20px 50px 0px;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_23rd_07.jpg" alt="bunka_21th_05" title="bunka_21th_05" width="200" height="133"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">人が豊かに生きる、人間の多様性等を考えるのが人文科学です。芸術は人文科学の先に存在するものです。</p>
</div>
<p>■中島 諒人 氏のプロフィール</p>
<table width="450px" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0">
<tr>
<td width="20%" valign="top">
<div style="padding:0px 20px 40px 0px;font-size:80%;">
<div>・1966年</div>
<p></p>
<div style="padding:0px 0px 40px 0px;">・1990年</div>
<p></p>
<div style="padding:0px 0px 20px 0px;">・2006年</div>
<p></p>
<div>・2003年</div>
</div>
</td>
<td width="80%" valign="top">
<div style="padding:0px 20px 40px 0px;font-size:80%;">
<div>鳥取市生まれ。</div>
<p></p>
<div>東大法学部卒。在学中から演劇活動を始める30代半ばまで東京・下北沢や渋谷の小劇場を中心に『現代社会のひずみ』を追求。</div>
<p></p>
<div>鳥取市鹿野町に廃校を劇場に変え、劇団の為の劇場『鳥の劇場』をスタート。</div>
<p></p>
<div>利賀演出家コンクール最優秀演出家賞。07年、鳥取市文化賞。10年、芸術選奨文部科学大臣賞。11年、鳥の劇場として、国際文流基金地球市民賞。</div>
</div>
</td>
</tr>
</table>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>第22回「１５歳からの陶芸」 河本賢治 氏</title>
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		<pubDate>Thu, 14 May 2015 23:30:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ジーコミュニケーションネットワーク]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[平成27年度]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[窯は⽕を吹く⿓の如き⽣き物に変わり、⾄宝を産み出す。 ［陶芸家］河本 賢治 氏 　平成27年5月15日午後6時30分からサルーテで、第22回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講師紹介&#8230;]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="color: #800000;" "text-decoration: underline;">
<font size=4><b>窯は⽕を吹く⿓の如き⽣き物に変わり、⾄宝を産み出す。</b></font></p>
<p style="color: #800000;text-align:right;padding-right:30px;" "text-decoration: underline;"><font size=2>［陶芸家］</font><font size=4><b>河本 賢治 氏</b></font></p>
<div style="text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_22nd_01.jpg" alt="bunka_21th_01" width="670" height="170" /></div>
<p><font size=2>　平成27年5月15日午後6時30分からサルーテで、第22回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講師紹介を経て、陶芸家・河本賢治氏の講演がスタート。出足は、中学校時代の作品から。陶芸家を目指した馴れ初め等、講演と映像を織り交ぜながら、多くの聴講者の前で、熱く・にこやかにお話をされました。参加者は72名。</font></p>
<div style="width:260px;float:left;padding:20px 0px 10px 0px;text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_22nd_02.jpg" alt="bunka_21th_02" title="bunka_21th_02" width="260" height="259"/></p>
<p>講師の河本 賢治 氏</p>
</div>
<div style="margin-top:20px;">
<p style="width:410px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　今まで人前で話すようなことはありませんでしたが、今年還暦ということでもあり、初の挑戦で演台の前に立ちました。<br />
  　幼い頃は友達と川遊び。魚を獲る道具を作っていた。振り返れば、その頃から物作りが好きだったのかもしれない。小学生の頃初めて粘土で埴輪を作りました。<br />
  　中学校に入学。学校に登り窯があり、陶芸クラブに入り、焼き物の世界に嵌まりました。<br />
  　丹波に工房を構えていた、鳥取県・北条町出身の生田和孝先生が内弟子を探していたので、昭和45年に弟子入りを決めました。浦富窯の故山下碩夫氏は私の兄弟子となります。<br />
  　弟子入りし、1年半が経つと物が形になって焼けるようになりました。生田師匠の教えは、手を出すことなく言葉で教える事のみ。モノづくりは自分の手でする、ということが原則でした。<br />
  　弟子入りして2年経過、窯出しをしたときに作る喜びを感じた。生田師匠には子供がいなかったこともあり、わが子のようにとても可愛がって、よく美術館に連れて行ってもらい、物に対する美意識を学ぶことができました。</font></p>
<p style="width:670px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　弟子入り5年で素焼きを任され、翌年の1976年には、窯焚きを任されるようになりました。窯というものは、火を入れると命が宿る。一回一回変化があり生き物の様な物。その都度楽しみがありますが、その窯の癖を知ることが一番大切です。<br />
  　昭和55年（1980年）に倉吉に帰郷後、「倒炎式（とうえんしき）登り窯」を築き「福光窯（ふくみつがま）」と命名しました。生田師匠の長所・特徴を生かし、自分らしさが出せるよう努めましたが、4・5年は丹波の修業時代から抜ける事が出来ないまま作品を作っていました。兎に角、毎日作ることが大切です。数をこなし、日々取り組んでいくことで新しい何かが見えてきます。<br />
  　現在まで、私は作品を作る時は電動轆轤ではなく、蹴り轆轤（けりろくろ：足で動かす轆轤）を使用します。理由は、自分のリズムで轆轤を動かすことができるからです。修業時代には１日200個の湯吞みを作ったこともありました。<br />
  　蓋物作成は、私のテーマです。木工家の黒田辰秋先生の作品展に行き、朱漆茶器に惹かれ、作成に目覚めました。蓋物は上下を別々に作るので難しいですが、それなりに面白味があります。<br />
  　轆轤で成形し、素焼きをし、彩薬をかけ、天日乾燥します、作品を焼成する時、作品が湿気を嫌いますので充分乾燥させる必要があります。又、窯も湿気を嫌いますので、“素焼き”、“空焚き”、“炙り焚き”、“本焼き”と4回火を入れます。<br />
  　私の窯は、一回に800～1000点焼くことが出来ます。30年で102回窯出しをしました。窯に火が入りますと、火を吹く龍の如く、生き物に変わり一回焼くのに割り木300束から350束を食べつくします。<br />
  灰は一回300束から350束燃やしても焚き口でバケツ一杯も取れませんが、彩薬として使います。薪割りは、昨年亡くなった親父が割ってくれていました。<br />
  　陶器は窯がへたる頃、陶芸家が想い描く作品にほぼ近いものが出来上がります。窯のどの場所にどの様な陶器を置くのか、陶器にかけた釉薬の特性等のことを考えながら、過去の窯出しの実績を勘案して配置します。<br />
  近年は、あらゆるものが便利になりましたが、陶芸に関しては、原料などの調達が困難となり、不便になってきています。作品は、いつも新作でなければならない。希望と喜びを与えてくれる子供のようなものです。<br />
  　生田師匠に習った10年、自身の窯を持ってからの35年はあっという間でした。本日お話した思い出とともに仕事をしています。息子が陶芸をやり始めたので自分の技術を息子に伝えて、私は自由な創作を行ってみたい。これから私の作品がどの様に羽ばたいていくのか、私自身も楽しみにしています。<br />
  ■倒炎式窯（とうえんしきがま）<br />
土器，陶磁器を焼成する窯の一種。火が部屋の床部の下から入り、壁に沿って上昇し、天井にぶつかり、また下降して、下から穴を抜けて次の部屋へと移っていく式の窯。直炎式窯に比して火度が一定する利点がある。</font></p>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="margin-top:20px;"></div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_22nd_03.jpg" alt="bunka_21th_02" title="bunka_21th_02" width="670" height="200"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">　　　　　「灰釉鉢」1991年　　　　　　　　　　　　「⿊化粧丸紋円」2002年　　　　　　　　　　　　「藁釉筒描⽫」2012年</p>
</div>
</div>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 10px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_22nd_04.jpg" alt="bunka_21th_10" title="bunka_21th_10" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">これが中学1年のときに作成した器です。中学校に窯があり、運命の⽷に依り60歳まで頑張ってきた。</p>
</div>
</div>
<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 10px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_22nd_05.jpg" alt="bunka_21th_04" title="bunka_21th_04" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">「2010年窯を新しくしました。発窯は焼過ぎとなり、半分は駄⽬、でもこれいいなと云う作品もありました。</p>
</div>
</div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_22nd_06.jpg" alt="bunka_21th_04" title="bunka_21th_04" width="670" height="447"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">窯というものは⽕を⼊れると命が宿る、⼀回⼀回変化があり、⽣き物のような物です。だから楽しいのです。</p>
</div>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="clear:left;" ></div>
</p>
<hr/>
<div style="width:220px;float:left;text-align:left;padding:0px 20px 150px 0px;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_22nd_07.jpg" alt="bunka_21th_05" title="bunka_21th_05" width="200" height="133"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">私は古代の物、須恵器や弥⽣⼟器が⼤好きです。これから私の作品はどの様に⾶んで⾏くのでしょう。</p>
</div>
<p>■河本 賢治 氏のプロフィール</p>
<ul style="padding:0px 20px 40px 0px;font-size:80%;">
<li>1955年、倉吉市福光に生まれる。70年、北栄町出身で丹波の陶工・生田和孝（1927－1982）に師事。</li>
<p></p>
<li>1976年、国画会展に初入選。以後、同展を中心に活躍。</li>
<p></p>
<li>1980年に帰郷。「倒炎式登り窯」を築き「福光窯」と命名。</li>
<p></p>
<li>1987年、国画会展「前田賞」を受賞。</li>
<p></p>
<li>1995年から、大阪の阪急百貨店で個展。</li>
<p></p>
<li>1999年、国画会会友に推挙。</li>
<p></p>
<li>2002年から、広島の福屋で個展。06年、鳥取県伝統工芸士認定。</li>
<p></p>
<li>2009年、国画会準会員に推挙。
<li>道路拡幅のため工房を移築。
<li>鳥取工芸の会のグループ展に出品、ギャラリーあんどうで個展。
</li>
</ul>
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		</item>
		<item>
		<title>第21回「ふるさとを歌う」 西岡恵子 氏</title>
		<link>http://www.salute-withgas.jp/?p=3684</link>
		<comments>http://www.salute-withgas.jp/?p=3684#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 11:30:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ジーコミュニケーションネットワーク]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[平成27年度]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.salute-withgas.jp/index.php?p=3684</guid>
		<description><![CDATA[歌は唄うことで⼈の⼼に伝わります。朗読と⼀緒です。 ［歌手］西岡 恵子 氏 　平成27年3月20日午後6時30分からサルーテで第21回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講師紹介を経て&#8230;]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="color: #800000;" "text-decoration: underline;">
<font size=4><b>歌は唄うことで⼈の⼼に伝わります。朗読と⼀緒です。</b></font></p>
<p style="color: #800000;text-align:right;padding-right:30px;" "text-decoration: underline;"><font size=2>［歌手］</font><font size=4><b>西岡 恵子 氏</b></font></p>
<div style="text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_01.jpg" alt="bunka_21th_01" width="670" height="152" /></div>
<p><font size=2>　平成27年3月20日午後6時30分からサルーテで第21回『楽しく真剣！「サルーテ文化講座」』が開催されました。司会の角秋勝治氏の講師紹介を経て、歌手・西岡恵子氏の講演がスタート。出足は、小学校に出向いての歌唱指導の話から。鳥取県出身の偉人3名のお話の間に、西岡さんの伴奏に合わせて童謡・唱歌を全員で唄いました。多くの聴講者の前で、熱く・にこやかにお話をされました。参加者は86名。</font></p>
<div style="width:260px;float:left;padding:20px 0px 10px 0px;text-align:center;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_02.jpg" alt="bunka_21th_02" title="bunka_21th_02" width="260" height="275"/></p>
<p>講師の西岡 恵子 氏</p>
</div>
<div style="margin-top:20px;">
<p style="width:410px;float:right;padding:0px 10px 10px 10px;"><font size=2>　着物姿で登場した西岡恵子さん、86名の参加者を前に、講演の幕が開いた。<br />
　昨日の小学校の卒業式まで、8校の学校を１日3校、小学生の歌唱指導をしていた。<br />
　特に、2月・3月の厳寒の中、体育館で練習。身体が冷える。一般の１．５倍のヒートテックを購入し身にまとっていましたが、冷えた身体を温泉に浸って温めるのが私の毎日でした。本当に鳥取は温泉が多く、埼玉県出身の私としては羨ましいです。<br />
　鳥取は「童謡・唱歌」のふる里です。明治にヨーロッパから移入された音楽を、国民のものにするため、先駆的な活動を行ったのが郷土出身の、田村虎蔵、永井幸次、岡野貞一でした。何故、同時代に3人の偉人が出たのか。そのキーパーソンは河原町出身で東京音楽学校の校長であった村岡範為馳の講演を聞いたことです。村岡は「音楽は人を感動させるものであり、教育上とても重要なものである」と述べ、この言葉に心を動かされからです。</font></p>
<p style="width:670px;float:right;padding:0px 0px 10px 0px;"><font size=2>　わらべ館は平成7年7月7日に開館。今年は、わらべ館20周年です。最初は、ボランティアでCＤや楽譜の整理。<br />
　平成14年からは「移動わらべ館コンサート」が始まりました。初めてなのに名古屋「東海鳥取県友会」に。また、白寿園（鳥取市三津）に行った時は、ここです！と広いお部屋に案内され、お仏壇の前で歌いました。仏様にも参加していただけて、ありがたかったです。<br />
　思い出に残っているのは、平成16年1月30日「わらべ館」から生放送したNHKの「ラジオ深夜便」。<br />
原田彰先生と一緒に、入江アナウンサーと対談しながらの放送でした。番組も終わりに近づいた時に、「ここから先は葉書を中心に進みますので、もうお聞きすることもありませんからゆっくりとしていてください。」ということで、緊張と眠気から気を抜いていたら、突然「西岡さんは、お小さい時は、どんなお子さんでしたか？」との質問があって、動転した私は「とても活発な子で、男の子と冒険や探検ごっこをするアウトドアな子供でした。」と、答えたら「今の西岡さんからは想像できませんね！」というアナウンサーの言葉に嬉しくなって「はい！そうだと思います。」と、堂々と全国に向かって言ってしまいました。放送終了後、娘から「最後にやっちゃいましたね」と、メールが届きました。<br />
　現代の音楽教育の基盤を作ってくださった先生の中で、田村先生、岡野先生、永井先生が果たした功績は多大だと思います。このことを子供たちに伝えて、自分の故郷を愛し、歌うことの好きな子供に育って欲しいと、この土地に住む一人の大人として願っています。</font></p>
</div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="margin-top:20px;"></div>
<div style="clear:left;" ></div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_03.jpg" alt="bunka_21th_02" title="bunka_21th_02" width="670" height="527"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">「⼤⿊様」に出て来る⽩兎海岸、景⾊がいいですネ。30年前に初めて⾒ました⾃宅に近いので時々訪ねます。</p>
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<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:0px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_10.jpg" alt="bunka_21th_03" title="bunka_21th_03" width="670" height="152"/>
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<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 10px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_06.jpg" alt="bunka_21th_10" title="bunka_21th_10" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">⽩寿園を訪問、お仏壇の前で唄いました。仏様にも参加して頂けて、本当にありがたかったです。</p>
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<div style="width:325px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 10px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_07.jpg" alt="bunka_21th_04" title="bunka_21th_04" width="325" height="217"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">「⼤⿊様」の4番の歌詞がいいですネ。おおくにぬしのみこととて、・・・よのひとをたすけなされたかみさまよ。</p>
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</div>
<div style="width:670px;float:left;text-align:left;padding:20px 0px 0px 0px;">
<div><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_08.jpg" alt="bunka_21th_04" title="bunka_21th_04" width="670" height="503"/></p>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">⼼を開いて、歌を唄いながら遊ぶ。遊びの中に「わらべうた」を、⼦供達に伝えて⾏きたい。</p>
</div>
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<div style="clear:left;" ></div>
<div style="clear:left;" ></div>
</p>
<hr/>
<div style="width:220px;float:left;text-align:left;padding:0px 20px 50px 0px;"><img src="http://www.salute-withgas.jp/wordpress/wp-content/uploads/bunka_21th_09.jpg" alt="bunka_21th_05" title="bunka_21th_05" width="200" height="133"/>
<p style="padding:0px 20px;font-size:70%;">⼦供達に歌の⼤切さを伝え、郷⼟を愛し、唄う事が⼤好きな⼦供に育って欲しい。私の願いです。</p>
</div>
<p>■⻄岡 恵⼦ 氏のプロフィール</p>
<ul style="padding:0px 20px 40px 0px;font-size:80%;">
<li>武蔵野音楽大学音楽学部声楽学科専攻を卒業。平成7年誕生の「わらべ館」で、当初から童謡コンサートなどの公演を開く。</li>
<p></p>
<li>現在はわらべ館で童謡唱歌の推進員として、県内外で公演するほか、オルガンの演奏をしながら唱歌教室の講師を務める。歌唱指導はすでに10年を超え、8校の小学校でも続いている。また、「わらべうた遊び」を、親子に伝える事に力を注ぐ。</li>
<p></p>
<li>音楽と朗読のコンサートでは、『くるみ割り人形』『動物の謝肉祭』『ピーターとおおかみ』『セロ弾きのゴーシュ』『花咲山』『ポラーノの広場』『となりのトトロ』『金子みすゞの世界』『神話・八上比売と大穴牟遅命』などに出演。音楽会の司会者としても活躍している。</li>
<p></p>
<li>「童謡唱歌のふるさと鳥取」実行委員。いわみコーラス指揮者。こ－らす萌の会、合唱団しかの、岡野貞一記念合唱団副指揮者。プレヴイスキンレダーリートアンサンブル、お話グループ「自うさぎの会」所属。</li>
</ul>
<p></p>
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